高齢化社会だから考えたい、成年後見の限界と医療行為の同意
成年後見制度とは、認知症や知的障害の為に、自分の財産管理や介護サービスの利用が困難な人に対し、後見人を立てる制度の事で、財産の管理や介護施設やサービスの代理申し込みを行う権限を有します。
成年後見人は認知症や知的障害を持ちながら身寄りのない人に特に重要な存在で、悪徳業者や詐欺の被害から対象者を守る役割や、効率的な財産管理や申請で、対象者の経済活動を支える役割を持ちます。
一方で、あくまで財産管理や介護サービスの手続きは可能であっても、医療行為の同意については権限が無いのが実情です。 これは医療行為の同意は本人か家族、親族の意思を持って同意を得たと認識されます。後見人が医療行為の同意を求められることもありますが、同意したところで、何の意味もありません。それは医師も理解しています。
医療行為の同意は犯されざる聖域となっている一方、家族の形が多様化する中で、家族や血のつながりのあるものが、必ずしも被後見人の為を考えた医療行為の選択が出来るとは限らないことや、天涯孤独で成年後見人がいる状態なってしまうと、誰も医療行為の同意が出来るものがいないと言う現実の壁に突き当たりかねないのです。
実際に医療サービスを受けられない人も多くいるため、制度の改正などが議論されています。成年後見の制度改革は一筋縄ではいかない問題です。医療行為の同意を成年後見人に与えることは、確かに被後見人の福利厚生面では大きく寄与しますが、一方で成年後見人の精神的な負担などが増すことになります。
特に命に関わる病気などで重要な決断を任される形となれば、その負担はさらに大きくなりかねないのです。また、不急不要の医療行為によって、被後見人が不利益をこうむってしまう可能性もあります。成年後見人が全て善人だと断言できる根拠は無く、権限を増やす制度の改正に慎重な意見もあるからです。
しかし、医療行為の同意をえられないがために苦しんでいる人たちがいることも事実であるため、折衷案や改正に関する補足なども含めて盛んに議論がされています。草案などが作られても、全面的に支持されると言う事は無いのです。一方で、今後高齢化社会が進むことにより、ますます身寄りのない人や、成年後見人が必要になる可能性が高まっています。少子高齢化が進めば、成年後見人の数が足りなくなる事すら予想されているのです。
そういった面を考えれば、早急な改正が必要とも言えますが、やはり医療行為の同意は人の命や財産に大きくかかわる事の為、慎重な人が多いのが現実なのです。成年後見精度と医療行為の同意に限界はあるのは事実であり、それが限界で医療の現場でも混乱が起きる場合があります。被後見人が病気になった際に、連絡を取れるのが成年後見人しかいないと言う場合もあるからです。
成年後見人に医療行為の同意を行う権限はないため、連絡をされても何も答えられないと言ったケースも多いのです。一方で、現場の判断で、簡単な処置であればやむを得ない事情があると言う事で、先に治療を優先させてしまう場合もあります。全ての医療行為に同意が必要な訳ではないと言う事情や、全てに同意が必要な場合は病院側の負担が大きくなりすぎると言う事情もあります。
しかし、やはりすべての医療行為を行えるわけではないため、課題は残る事になります。 これからの高齢化社会を迎えるにあたり、誰もが成年後見に無関係ではいられなくなる可能性も高くなっています。自分自身が後見人になる可能性や、後見人が必要になる可能性は誰も否定できないからです。
今後に備えて成年後見の限界と医療行為の同意について、もっと一般的な認知の向上と、活発な議論が待たれます。 議論を行う事が、制度改革の力になる事があり、人々の関心が、より安心して暮らせる社会に繋がっていくからです。