後見申立時に必要な診断書が取得できないケース
このホームページでは複数回書いていますが、成年後見制度を利用する際には、申立時に家庭裁判所に対し制度を利用する方の診断書を必ず提出する必要があります。
後見制度は「後見」「保佐」「補助」の3つに分類されており、それぞれ後見人・保佐人・補助人が選任されます。後見人・保佐人・補助人ができることには大きな違いがあります。そのため、医師の診断書がなければ、その分類ができないことになってしまい、裁判官が後見人・保佐人・補助人のいずれを選任すべきかの判断ができなくなってしまうためです。
通常であれば、ご家族の方が、入院している病院や入所している施設の医師に後見制度を利用したいので診断書を書いて下さいと依頼すれば、問題なく作成してくれます。しかし、中にはこの診断書が取得できないケースもあり、後見制度の欠陥ともいえる深刻な問題があります。
当事務所では、成年後見に関して都内でも申立件数が多い方だと思いますが、診断書が取得できないケースを何回も経験しました。申立件数全体からしてみれば割合としては断然少ないですが、実際こういうケースに出くわさなければ、この欠陥にも気がつかなかったと思います。
診断書が取得できないケースとして、家族間に紛争が生じているケースと後見制度を利用する本人が診察を拒否しているケースがあります。多いのは前者のケースです。
例えば、零細な個人事業を経営している長男がいるとします。長男は、自分は長男だから認知症の父親の面倒を看るのは当然だし、どこの施設に入所させるかは自分が決めると言っています。次男や三男としては、施設費用の問題もあるし、どういった施設に入所させるかは長男・次男・三男のみんなで話し合って決めようと提案しています。しかし、長男は次男・三男を全く無視して、勝手に施設入所を決めてしまいました。次男・三男としては、父親の預貯金がいくらあるか、施設費用はいくら掛かっているかが気になります。長男にいくら聞いても、お前らに教える必要はない、俺がきちんと管理しているから問題ないの一点張りです。次男と三男は、どうしようもないので1年ほど何もせずにいました。
ところが、最近になって街中で偶然長男が新しいベンツに乗っている姿を見かけました。仕事で使用するような車ではありません。長男が経営しているお店は昔から資金繰りに厳しいことは知っていました。兄弟である次男や三男にお金を貸して欲しいとお願いすることもありました。それなのになぜ新車のベンツなんて購入できたのだろうと次男と三男はちょっと疑問に思いました。さらに、最近長男家族は海外旅行にも行っていると噂で耳にしました。また、近所の飲み屋で、長男は酔ったいきおいで、父親から面倒を看ているお礼としてまとまったお金を贈与してもらったと話していたそうです。次男と三男はいよいよ疑いの目を長男に向けることになりました。
次男と三男は話し合いの末、父親の財産は公平に弁護士や司法書士などの第三者に管理してもらおうということになりました。長男ときちんと話すこともできないし、父親の施設費用の支払いができなくなるようなことがあってはならないと考えました。色々調べて成年後見制度のことを知った次男と三男は、後見人選任のための準備を始めることにしました。そして、後見申立には医師の診断書が必要だと知りました。早速、父親が入所している施設へ連絡して、診断書を書いてもらう依頼をしました。
ところが、施設の担当者から「ご長男さんの了解は得ていますか?」と次男は言われました。なぜ長男の了解を得る必要があるのかと思いながら「長男の了解は得ていません」と回答しました。そうすると、施設の担当者は、「ご長男の了解を得てから再度連絡を下さい。お父様の入所にあたってのキーパーソンはご長男になっていますので、ご長男の了解もなく診断書を書くことはできません。」との一点張りです。
次男と三男は、成年後見制度利用のために診断書が必要ということは、長男に伝えることはしていませんでした。それどころか、長男には成年後見の話はもちろん一切していません。長男に成年後見制度を利用しようと思うと言えば、当然反対されるでしょうし、長男による父親の財産侵奪を防ぐために申立を行うわけですから、長男に事前に相談するというのもあり得ません。
施設にとって父親の長男はいわゆる「キーパーソン」といわれる存在で、施設が家族間のトラブルに巻き込まれることを回避するために、キーパーソンである長男の意向を確認した上で、診断書の作成などを行います。勝手にはしません。施設は家族内のトラブルに巻き込まれないよう細心の注意を払っています。
そこで、次男は施設の医師に書いてもらえないなら、外部の医師に書いてもらおうと、父親を一時施設から連れ出すことを考えました。施設の近くに個人病院があり、1時間もあればすぐに戻って来られる距離です。しかし、これにも施設の担当者はキーパーソンの長男の了解を得なければ、施設は外出を許可することはできないといってきます。長男は、ここまで想定して施設に入所させたわけではないと思いますが、施設の対応があまりに硬直的であるため、次男はもはや診断書を取得する方法はありませんでした。
裁判所としては診断書なくして、後見人選任の審判は下せませんので、結果父親の財産を守るために成年後見制度を利用することは断念せざるを得ませんでした。本来であれば、このような事例こそ成年後見制度の出番なのですが、現在のシステムでは残念ながら利用を断念せざるを得ないのです。